ポロンナルワ

ポロンナルワ(英語:Polonnaruwa、タミル語:பொலன்னறுவை)はスリランカ中部の古都。1017年から1255年までスリランカの首都であった。
1017年、南インド・タミル系のチョーラ王朝がランカ島の大勢を支配したことを受け、シンハラ王朝は首都をアヌラダープラからポロンナルワに遷都した。シンハラ王のウィジャヤバーフ1世(Vijayabahu I)はその後チョーラ王朝を1070年に追放した。その後、ウィジャヤバーフ1世の孫にあたるパラークラマ・バーフ1世(Parakrama Bahu I)が首都構築に大きく貢献した。彼の治世の間、ポロンナルワは王の庇護の元、交易と農業が栄え黄金時代を迎える。特に、灌漑設備の充実に努め、国の東部地域で乾季でも農耕可能にした。彼は農耕と防衛の両方の目的で、首都の周囲にパラークラマ・サムドゥラ(パラークラマ海)と呼ばれる巨大な灌漑用貯水池を建設した。この時代、首都は自給自足の体制を保った。
しかし、その後王位についたニッサンカ・マーラ1世(Nissanka Malla I)を除くポロンナルワの王族はすべて保身に注力し、南インドの王侯貴族の支持を求めたため、スリランカ独自の王朝の力は衰え、南インドのカリンガ王朝マーガ王による1214年の侵攻を招き、1284年にはアーリャ・チャカラヴァルティー(Arya Chakrawarthi)の侵攻と続き、結果的には南インドのパーンディヤ朝に権力を委譲することになった。1232年に首都はダンバデニヤ(Dambadeniya)に遷都された。1255年シンハラ王朝はポロンナルワを放棄した。
今日、古都ポロンナルワはスリランカ随一の考古学上の史跡として維持され、シンハラ王の治世をしのぶものとなっている。古都の美しさは、デュラン・デュランの1982年のミュージックビデオ「Save a Prayer」で撮影されている。
ポロンナルワは現在、北中部州第二の都市で、スリランカで清潔で美しい町として知られる。自然に囲まれた環境や古都の建築、パラークラマ・サムドゥラ(パラークラマ海)等が観光客を魅了している。歴史的にはポロンナルワは一年のほとんどが熱帯性の気候で、12月と1月のみ肌寒い日がある程度だったが、近年の環境変化で冬季の雨や低温の日が増加している。
古都ポロンナルワはユネスコ世界遺産に登録されている。